セラピストにむけた情報発信



“脇見歩行”は危険?−Duysens et al. 2008より



2009年1月14日

「高齢者の中には,脇見をしながら歩いている時に転倒するケースがある」

このような意見は,セラピストの皆様の現場経験から見て,正しいと思われるでしょうか.本日ご紹介する論文は,しばしば指摘されるという,この脇見歩行の影響について検討した最近の研究です.

Duysens J et al. How trunk turns affect locomotion when you are not looking where you go. Hum Mov Sci 27, 759-770, 2008

実験対象者は12名の若齢者でした.参加者は,左右に移動する視覚刺激に視線で追尾しながら,トレッドミル上で直線的な歩行軌道から逸脱せずに歩くことが求められました.

実験の結果,眼球や頭部の回転だけで視覚刺激を追尾する場合,脇見の影響はほとんどなく,直線的な歩行軌道を維持できることがわかりました.すなわち,少なくとも若齢者の場合,歩行に伴う全身の移動方向と眼や頭部の回転は,独立にコントロールできるといえます.

これに対して,視覚刺激の追尾に体幹の回旋を伴う場合(視覚刺激の方向に対して体幹全体を向けるように教示),その影響は大きく,歩行軌道から直線的軌道から逸脱してしまうことがわかりました.実験結果の詳細をみますと,どうやら,体幹の回旋を伴う視線追尾の場合,無意識のうちに下肢(つま先)の向きを体幹の回旋方向に合わせるようなコントロールをおこなうため,歩行軌道が回旋方向に逸脱してしまうようです.歩行中に上体と下肢の方向を独立にコントロールするには,かなり複雑な計算が必要となるため,中枢神経系がそのような制御を避ける方略を取っているのかもしれません.

通常の歩行場面では,眼や頭部だけの回旋だけで周辺の状況に目を向けることができるため,自動車の脇見運転に比べれば,脇見歩行はそれほど危険ではないといってよいかもしれません.しかしながら,たとえば後ろを振り返ってしまうほどの脇見や,加齢などの理由で身体の自由度が拘束され,脇見の際に体幹の回旋が伴ってしまうような場合には,脇見は歩行軌道を意図した軌道から逸脱させてしまい,転倒の原因となりうるかもしれません.

なお,この論文の著者であるDuysens氏は,今年の7月にイタリアのボローニャで開催される,国際歩行と姿勢制御学会(ISPGR)で招待講演をする予定です.




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